解禁日の釣り - 2004年 - ミミズ一匹で尺物3本
石化けのつもり・・


 トタン屋根に叩きつける雨音で目を覚ました。布団に入る前には月が煌々と輝いていたのだから山の天気はあてにならない。素早く身支度をととのえ、吊り橋の下をくぐって川添いの毛物道を歩き、大きな淵に臨む岩陰に身を寄せた。 
 竿を出したのは朝の4時半である。必殺ポイント絶対確保の思いからだったが、いくら解禁日だからといっても、これはちょっと早すぎた。ヤマメに警戒されてはいけないので、ヘッドランプを灯すことができず、とにかく何も見えない。竿が見えない。水面が見えない。いったい仕掛けはどこをどう流れているのやら。水面から引き上げるとき、ミミズが水を切るときのわずかな抵抗が伝わるだけだ。エサを確認するため竿を上げると、カチリと、オモリが竿にあたる音がした。空はまだ見えない。

 このポイントは熟知している。竿も仕掛けもいつもの長さだから、暗闇だろうとなんだろうと、とにかくカンでエサを流し続けることはできる。流芯に行けば流れに押されてミミズは舞い上がるだろう。それでも何投に一投かは岩の後ろに巻き込まれて、魚の目の前にプレゼンされるはずである。いくら暗くても鼻先にエサがくれば喰うでしょう。そう信じて打ち込みを続ける。

 10秒に1投として1分間に6投。一時間で360投の計算になるが、世の中そう計算通りにはいかないから、実際には一時間で300投くらいのものだ。その300+1投目のころ。
手探りで仕掛けを掴み、岩陰にしゃがみ込んでミミズを交換した。黒くて小さいカワムシはまだ使わない。川に向き直り、左手にミミズを持ったまま竿をあおるがエサが出ていかない。
竿は5.1〜6.1mでメタカラマン付きだ。ラインの取り付け部が金属の円筒でキチリとカバーされる仕組みだから、リリアンと違ってトラブルはない。これに、なんという用意周到! 昨夜のうちからグランドマックス0.4号を取り付けておき、現場では仕掛け巻きからスルスルと伸ばしただけなのである。竿先は一度も縮めていない。
竿は仕掛けよりも長いのだから、竿を伸ばしてもエサが手に残ったままなのは異常事態である。それにすぐ気がつかないのがオロカだった。クモの糸にでも引っかかったのかと思って、とりあえずエサを水中に放り込み、大きく竿をあおってみたが手応えゼロ。

 竿先を調べてみるとおおなんてことだ仕掛けがついていない。

 竿を置ける場所まで離れて仕掛けをセットしなおし、ふたたび静かに川と対峙する。徒労を繰り返しすうちに雨は小降りになったが、こころの中まで沁みこんできた。「おれはこんなところで何をやってるんだろう」
人生が哀しくなってきたころ、空が薄明るくなって水筋が見えだした。それまでの、ミミズのニオイにたよる方法をやめ、白くて目立つブドウ虫に変えると、初めてのヒットがあった。釣れたのは22cmくらいの良型だ。それから、ぽつりぽつりと釣れ始めたものの、目指す大物がなかなか釣れない。このままでは場が荒れてしまう。

 15cmくらいのチビッコが釣れて、なんの気なしにリリースしてからハッと気がついた。

 「しまった!言いつけられてしまう!」

 ヤマメは一匹があわてて動くと、それだけで全員が隠れてしまうほど臆病なサカナだ。いったん警戒されてしまうと4時間は釣りにならない。だからプールを攻める場合は下のヒラキから、静かに、神隠しにあうように釣り抜いていくのが定石である。
ところがこのポイントには上流からのアプローチしかない。警戒されたくない一心でポイントの横を通ることを避け、上流の岩陰からステルス攻撃をかけているのである。
一発大物がくればあとはどうなっても構わない。そんな危険を覚悟で敵の中枢部をスナイプしているのに、大将を釣らずに側近の小物を釣ってしまった。仲間が消えていくのを見られたばかりか、そいつをまた元の場所に返してしまったのである。
チビッコはヨロヨロとおうちに帰って、どんなにヒドイ目にあったか、みんなに申し上げるに違いない。
ぼくは痛恨のミスを犯してしまったのだ。

 ところがこれが解禁日。しかも雨。ヤマメ連合軍も半年におよぶ泰平の眠りから醒めてないはず。そう考えたワタクシは、ミミズをチョン掛けにして元気良く動かす「辛抱たまらん反射喰い作戦」にでた。
そしてこの作戦はまんまと成功。
沈み岩のうしろに流し込んだ仕掛けがズシリと引き込まれたのである。
やりとりしない。竿1本の距離にある砂地へ、真ヨコに一気に引き上げる。対大物用にラインは伸びのないフロロカーボン0.4号。トラブル皆無の完全通し。ふっふ。今にして思えば、反撃のスキを与えずに取り込むために、わざわざこの距離のこの場所から竿を出したのであった。
ボサが迫っているのでラインがブッシュに取られたが、それ以外は完璧すぎるビーチング。28cmの大物だ。
 時合いを逃さないようエサを替えずに30cm。細鈎が上唇に突き貫けている。取り込みざまに竿を出してピタリ同じ場所からまた30cm。ほーほっほ。ミミズ一匹でサバ級の大物が3本も釣れてしまった。エサを替えて泣き尺を追加。時合いがきたのだ!


 ややあって喰いが止まったのでポイントから離れカメラを取り出した。絞めが甘かったのかビクがバタンバタンと動いている。ひときわ大きいやつを取り出して巻き尺で測ると30.5cmだ。30cm、29cmと続く。奇跡の三役揃い踏みである。最初の28cmが小さく見えた。ビクはマジで重い。

 次のポイントに移るが釣れない。
アタリはあるのに攻めが雑になっている。チビッコに飲み込まれて時間を空費する。リリースしても死んでしまうのでキープした。どこかで緊張のイトが切れてしまったようだ。
ラインは0.4号。白髪のように細い。26cmほどの良型を釣り落とす。
 ヤマセミがしきりに飛ぶ明るさになったので納竿した。雨具を脱ぎ、時計をみるとまだ9時だった。
もっと長い時間 釣っていたような気がするが、それが濃密な時間のなせるワザということだ。

野生の30cm連続ヒット

苦節10年。手持ちの釣運をすべて投入して30cm超えを2匹得た

2003年の解禁日 2005年の解禁日