Tちゃんが尺ヤマメを釣ったという。
なぜ匿名にしたかというと、これは微妙に彼の人格に関わる問題だからだ。
Tちゃんは私のイトコで4つ年下、昨年のシーズン始めに渓流釣りを始めたばかりのビギナーである。まだデビュー2年目の彼が、ナマイキにも一人で沢に入って3匹も釣り上げ、そのうちの1匹が30cmを超えていたのだという。聞き捨てならない話だ。
釣りは大物を釣った者だけが、思う存分に威張れる弱肉強食の世界である。10年以上も渓流に通って、尺モノに出会えない釣師はいくらでもいる。私はTちゃんの何倍も釣りに出かけたし、ふだんからなにかにつけ先輩面をしている。したがって、ワタシの釣果は常に彼を上回らないと非常にマズイ。
考えてみれば素人クンがいきなり尺モノを手にするのだって、教育上ヨロシクないハズである。尺ヤマメとはかくもココロ騒ぐ獲物なのだ。ヤマメ本人にしたって、尺モノともなると、放流されたての幼稚園生と違って経験豊富なのだから、デビュー2年目の素人クンには釣られてはいけない。
刑 事:「尺モノを釣ったというハナシだが、証拠はあるのか」
容疑者:「ある。自宅に冷凍してある」
ウラをとるため家まで尋ねていくことにした。冷凍庫から出てきたそれは、たしかに鮭のような顔つきをした立派なヤマメである。しかし、どう見ても尺には届かないシロモノ。実際にスケールをあてて測ってみるとなんと26cmしかない。
刑 事:「おらっ!26cmしかねえぞ!」
容疑者:「釣ったときには30cmあった。ちゃんと写真もある」
その写真には、タバコといっしょに並べられたヤマメが写っている。ちょうどタバコ3箱分の長さだ。タバコの箱にモノサシをあててみると8.6cmである。8.6
x 3 = 25.8cm 写真もまた実寸26cm説を裏付ける結果となった。
刑 事:「やっぱ26cmしかねえぞぉ!」
容疑者:「いいや、確かに30cmあった」
刑 事:「釣ったときに測ったのか?」
容疑者:「いいや測ってはおらん。測ってはおらんが、たしかに30cmあったんだわ」
刑 事:「写真も冷凍も26しかねえっ!証拠は揃っとるー」
容疑者:「そんときゃ30cmあったけど縮んだんじゃわ。ヤマメが縮むのを知らんですかァ?」
Tちゃんは測ってもいないくせに実寸30cmを主張するのである。
証拠物件は圧倒的に不利だが、彼はヤマメが4cmも縮むというアッパレな説を楯にいつまでも頑張るのだった。
*後日談*
雨の解禁日に26cm級の入れ喰いに出会ったことがある。彼はその後、この入れ喰いのことを「尺物がいくらでも釣れた」と吹聴していた。どうも彼の中では26cmは尺物のようなのだ。
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