とても真面目なルポの本に、川で化け物みたいな生物に出会った話が載っていた。
東京都新宿区の白日社から出版された「イワナ・源流の職漁者」という聞き書きの本である。発行者は志村俊司さん。あまりにいい本なのでTからVまで揃えた。第一巻の129ページから、平野惣吉さんという明治生まれのイワナ釣師のルポになっている。14歳から職漁師を始めて60年間、何日も家を離れて山に籠もり、イワナを釣っては薫製を作り続けた日本一のプロ釣師である。興味深い語りが続く中に「白蛇」と題された一文がある。
あまりに貴重な記述なので、その出典を明らかにさせていただいた上で、剽窃罪にならない程度にサワリを紹介させていただきたい。
「・・・それで、吉直って人だが、オレより若い人だ、もう何年か前に死んだがなあ、やっぱり大津岐の開墾にいた人だ。その人が白戸川へ荷物背負ってオレのように釣りに行ったところが、川っぷちで白蛇に出会ったという。
白い蛇だが、ちょうど蛇の尻尾の方をぶった切ったように、尻の方だからって細くねえだと。
そうしてっから、ムカデのように、たくさん足が、細い足が横さ出ていて、そうして頭はちょうどムカデのようで、角があるだという、角って言ってもヒゲのようなやつが。そうしてっから、腹に、脇腹に、とても見事な赤い斑点が、点々とずーっと並んでるだと。それに咬まれると、即座に毒がまわって死ぬそうだな。家に帰るひまもねえ、即死みてぇになるらしい」
平野惣吉さん自身も聞いた話である。したがって、聞いた時点ですでに吉直っていう人の脚色が入っている可能性は否定できない。
「その人は、それがいたから、川原にある手頃な流木を拾って投げつけたと言うだな、そうしたら白蛇は口惜しくなって(怒って)、とびかかって来たと。それでとびかかるに、身体を”く”の字に曲げて、それがバネのようにパチンと跳ねると、プイッと細い沢なんかとび越えて来るって。
それから、とびかかってきて、どうしようもねえから、木を拾ったり、石をつかんだりして、投げつけて、しばらく闘ったらしいな。そうしているうちに大きい石がちょうど当たって弱ったから、こんだナタで木切って、それで殺したという。
それから、ここの最初の村長やった愛三郎って人、この人は昔、猟師の大将やった人で、偉い村長だったが、この人はもっと大きい白蛇をとったって言うな。約三尺あったそうだ、巾は二寸五分くれぇあって、これは大津岐の滝沢の奥でとったっていう、マス狩りに行って出あってなあ。
吉直がとったってのは、仔供でもあったか、小さかったっていうな、二尺はなかったそうだ、巾も一寸五分くれぇで。
それは水の中に棲んでるだと言う。陸にはめったにいねえらしいな、まっ白で、赤い斑点がとてもみごとなもんだって言うな。今でも見たって人はあるだから、どっかにいるらしいな」
一時期ブームになったツチノコとは違うようだ。
ぼくも、白蛇ではないが、こんな囲炉裏端の話を何度か聞いたことがある。ワクワクする話でとても楽しかった。自分の経験した範囲とか、学校で学んだことしか信じない人がいるが、人の話を頭っから信じないのでは学ぶ姿勢とはいえない。
とは言うものの、「ナタを持っているんなら、始めっから使えばいいじゃないか」なんて疑問も湧いてきた。自分に跳びかかってきているのに、モノを投げつけるのもヘンだし・・。だいたい、脚が何本もあって、触覚まである生物をヘビって言うかな?
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