川 の 魔 物
この場所じゃないよ。ここはヤマメの稚魚がウジャウジャ


 その日の日之影川は水量が異常に少なかった。
たしかに、ここのところ大きな雨は降っていないが、それ以上に、初夏の育ち盛りの樹木が水分を吸うので川の水が減っているのだと思われた。
浅瀬ばかりが続く中、大淵の連続するポイントを発見して早朝の5時半から入渓した。
ニ階建てのビルほどの大岩がいくつもあって、水量の少ない時期でなければ入れない大場所である。
大きな滝壺でしばらく粘ってみたが、自然のスケールに比べれば竿の届く範囲はしれており、アタリは出なかった。岩が大きすぎるため越えることができず、絶壁になった両岸は高巻きも不可能で、釣り上がるのには苦労したが、川まで降りた者だけに許される雄大な景色を楽しんだ。

いったん道路に戻って滝の上まで歩くと社(ヤシロ)があり、何かの神様が祀られていた。社は巨岩の上にあって、その下には真っ二つに割れた直径2mほどの球形の陰陽石がある。崖を下りて川辺についた。視界は開けているが、空は狭く雲は灰色で低い。滝壺までは竿2本分ほどの高さがある。
水流が滝へと落ちる直前に釜を見つけたので、岩の背後から竿をだした。直径3〜4mほどのナメ岩の釜で、こういう滝の落ち込み口はポイントなのだ。少しブレーキをかけてエサを先行させる。オモリが合っていたのか目印に上下のブレもなくスムースにポイントまで流れていく。
ここでラインを止め、少しの間だけ誘ってやると、いきなり力強いヒキがあった。尺クラスの大物の、あきらかにヤマメの引きである。即座に合わせをいれたが、ヤマメは鈎を放してしまった。エサの沖アミはなくなっている。

大丈夫。スレてなければもう一度や二度はあたってくるだろう。そう自分に言い聞かせながらエサを付け替えて同じポイントに流してみる。またガツンと引き込んでくれた。しかし鈎がかりしない。震えそうな指先で三投目のエサをつける。流す。引き込まれる。またしても失敗。

 ●沖アミが回転しているのか?背掛けにしてみる
 ●チョン掛けにしてみる
 ●フサ掛けにしてみる
 ●剥き身にしてみる
 ●抱き合わせにしてみる

何回かやってみるがエサだけがなくなる。飽きさせないように捲き餌をする。あまりに大物なので、小さな鈎では吐き出してしまい鈎がかりしないのかもしれない。そこで大きな鈎に交換してみたが、引きはするものの喰い込みはしない。だいたい沖アミはエサ持ちがわるいのである。

 ●ミミズに変えてみる。


ミミズだからやや送り込んでから合わせるが、鈎がかりしない。グイングインと引き込まれ、先だけがちぎられる。相当に熟練したヤマメとみえ、器用にエサだけを食べるのである。鈎がかりしないのはエサが長すぎるからだ。

 ●ミミズを半分にしてみる
 ●鈎先を先端から出してみる

秘術を尽くして戦う忍者の気持ちがよくわかる。

 ●ミミズ通しで通すのではなく、縫い差しにしてみる
 ●チョン掛けにしてみる

横クワエしているのか?それにしてもなぜ警戒しないのか、まったく不思議である。
流すたびに引き込むが、決して鈎がかりしない。早合わせ、遅合わせ、送り込み、タナ変え。すべて試したがダメだった。さすがにエサなしの素バリでは喰ってくれない。ミミズには歯形が残っていて、短く傷んでいる。それでも喰いついてくる。
滝の上なので、ポイントの底に水の落ち口でもあって吸い込まれるのかと疑ってみたが、そういう構造にはなってない。落ち口は左側に見えているし、もしそうであれば水面が擂り鉢状に窪むはずである。水底には朽ち木と、青い建築用シートのような物が見えている。

 小1時間は粘っただろう。釣友が捜しにきたのでついに諦めた。

同行した釣友に竿を変わってもらった。滝の落ち水に引っ張られた引きではない。突然にガツンと引くのがその証拠だと言う。たしかに状況に因っては、サカナの引きによく似た感触を味わうことがある。それは私にも経験があることだ。しかし空鈎ではアタリがない。違いはエサのあるなしである。タナを浅くしても待てば必ず喰いつくのだ。
 釣友が引きを味わっている間、偏光グラスで覗いてみたが魚影を見ることはできなかった。
送り込むと水深以上に引き込むのがどうしても理解できなかったが、周囲の岩の構造はすべて調べたので、水底の吸い込みではないと断言できる。

 これだけやって鈎がかりしないなんてことはあり得ない。なにより警戒心のつよいヤマメが毎回喰いつくこと自体が不思議である。1回や2回ならまだしも、まさか本当にこれだけエサ取りに熟練したヤマメがいるわけがない。エサの付け方は試し尽くしたのだ。ミミズには体液を吸われた噛み痕が残っていて、とても手のないものの仕業とは思えない。
魔界に棲んでいるヤマメに出逢ったような気分になった。

 

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角と脚のある「白蛇」

 
 とても真面目なルポの本に、川で化け物みたいな生物に出会った話が載っていた。
東京都新宿区の白日社から出版された「イワナ・源流の職漁者」という聞き書きの本である。発行者は志村俊司さん。あまりにいい本なのでTからVまで揃えた。第一巻の129ページから、平野惣吉さんという明治生まれのイワナ釣師のルポになっている。14歳から職漁師を始めて60年間、何日も家を離れて山に籠もり、イワナを釣っては薫製を作り続けた日本一のプロ釣師である。興味深い語りが続く中に「白蛇」と題された一文がある。
あまりに貴重な記述なので、その出典を明らかにさせていただいた上で、剽窃罪にならない程度にサワリを紹介させていただきたい。

 「・・・それで、吉直って人だが、オレより若い人だ、もう何年か前に死んだがなあ、やっぱり大津岐の開墾にいた人だ。その人が白戸川へ荷物背負ってオレのように釣りに行ったところが、川っぷちで白蛇に出会ったという。
 白い蛇だが、ちょうど蛇の尻尾の方をぶった切ったように、尻の方だからって細くねえだと。
そうしてっから、ムカデのように、たくさん足が、細い足が横さ出ていて、そうして頭はちょうどムカデのようで、角があるだという、角って言ってもヒゲのようなやつが。そうしてっから、腹に、脇腹に、とても見事な赤い斑点が、点々とずーっと並んでるだと。それに咬まれると、即座に毒がまわって死ぬそうだな。家に帰るひまもねえ、即死みてぇになるらしい」

 平野惣吉さん自身も聞いた話である。したがって、聞いた時点ですでに吉直っていう人の脚色が入っている可能性は否定できない。

 「その人は、それがいたから、川原にある手頃な流木を拾って投げつけたと言うだな、そうしたら白蛇は口惜しくなって(怒って)、とびかかって来たと。それでとびかかるに、身体を”く”の字に曲げて、それがバネのようにパチンと跳ねると、プイッと細い沢なんかとび越えて来るって。
 それから、とびかかってきて、どうしようもねえから、木を拾ったり、石をつかんだりして、投げつけて、しばらく闘ったらしいな。そうしているうちに大きい石がちょうど当たって弱ったから、こんだナタで木切って、それで殺したという。
 それから、ここの最初の村長やった愛三郎って人、この人は昔、猟師の大将やった人で、偉い村長だったが、この人はもっと大きい白蛇をとったって言うな。約三尺あったそうだ、巾は二寸五分くれぇあって、これは大津岐の滝沢の奥でとったっていう、マス狩りに行って出あってなあ。
吉直がとったってのは、仔供でもあったか、小さかったっていうな、二尺はなかったそうだ、巾も一寸五分くれぇで。 
 それは水の中に棲んでるだと言う。陸にはめったにいねえらしいな、まっ白で、赤い斑点がとてもみごとなもんだって言うな。今でも見たって人はあるだから、どっかにいるらしいな」

 一時期ブームになったツチノコとは違うようだ。
ぼくも、白蛇ではないが、こんな囲炉裏端の話を何度か聞いたことがある。ワクワクする話でとても楽しかった。自分の経験した範囲とか、学校で学んだことしか信じない人がいるが、人の話を頭っから信じないのでは学ぶ姿勢とはいえない。 
 とは言うものの、「ナタを持っているんなら、始めっから使えばいいじゃないか」なんて疑問も湧いてきた。自分に跳びかかってきているのに、モノを投げつけるのもヘンだし・・。だいたい、脚が何本もあって、触覚まである生物をヘビって言うかな?

 


 水辺にはマムシが多い。とくに里川の田んぼ近くにはカエル狙いのマムシがいるので、川釣りファンは注意が必要だ。マムシには臭いがあるので、カンのいい人はその存在が判るという。そういえばワキガのような生臭いニオイがあるな。

 それで、'05年7月、藤河内渓谷を歩いていたら、川原の、本来なら水が流れている石の隙間から、見たこともない黒いヘビがでてきた。ふつう黒いヘビといえばウシヘビだ。ウシヘビは凶暴でシツコイので、いじめるといつまでも追いかけてくるのでキライだ。でもこいつはウシヘビとは違って、お花のような小さい白い斑点が規則正しく並んでいる。長さは60cmくらいだった。こんなのヘビ図鑑でも見たことがない。黒地に白がいるなら白地に赤のヘビだっているかもね。

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