ほやと群体クラゲ
 


 
あの食べる海鞘のことである。たぶんランプの火屋に形が似ているところからの命名だろう。サイズもちょうどいい。貝のような肉質だが、人類の起源となったナメクジウオと同じ脊索動物の仲間である。ホヤは硬骨魚類の起源であり、人間の脳の起源でもあるという。幼生は2ミリほどのオタマジャクシの形をしていて、このときにはちゃんと目がある。
 群体ホヤはたくさんの個体が集まって一個の集団を形成するものだ。単体のホヤにももちろん排泄孔があるのだが、集団にも共同の排泄腔が形成される。集団の部品としての単体は、本体から切り離してもまた融合することができる。だが、このとき別の集団の仲間にはなれない。群れ全体を維持するための免疫反応まで身につけているらしい。

 クダクラゲは1000mもの深海に棲む管状のクラゲである。やはり個々のクラゲが集まって全長5m〜40mもの大型生命体を形成している。40mとなるとこれは生物界最長記録だ。この群体のうち何個体かは泳ぎの専門職で、また何個体かはエサ取りの専門だという。生殖を受け持つ個体。ディフェンスを受け持つ個体までいる。それぞれに得意な分野をもった個体が協力しあってひとつの生命体を形成する様子は、まるで人間社会のようにも、人体そのもののようにも感じられる。
 このような生物における個体の死は、取り替えのきく部品の死である。秋になると樹木は冬に備えて葉を落す。葉にとっては無念な出来事のように見えるが、爪や髪の毛と同じで、そのときにはすでに死んでいる。本体が生きのびるためには役割を終えた細胞は新陳代謝するしかない。

 

 
ころがる貝のリズム
 


 たとえばウミガメが満月の夜に、ウナギが新月の夜に産卵するように、多くの海の生物は月に約2回の大潮と年に2回の大潮に同調して生きているかのようだ。しかし、基本的に生物のリズムは光の周期性によってもたらされる。月光量の変化と並行して、潮の干満という現象が起きるのでつい混同してしまうが、干満にではなく、光の方に影響されているのだ。だから陸に住む生物でさえ、月の影響を受けることになる。

 海の生物のうち貝類は約10万種が確認されているが、中でも珍しいリズムに支配されているのがフジノハナガイである。太平洋側の砂浜にすむ、小指のツメ大のピンク色をした二枚貝である。彼らは打ち寄せる波のリズムに合わせて生活している。やっかいなことに波打ち際でだけしか生きられないので、潮汐に合わせて一日中コロコロと移動する必要がある。
 満ち潮のときは、寄せる波の波頭がくるのを見計らって砂から飛び出す。一波分だけ上に移動したら、波が引くときに流されないように足を伸ばして踏ん張る。引き潮のときは水が引こうとする瞬間に飛び出して、つぎの波に元の位置にもって上がられないように砂底に潜って避難する。大潮のときにはそうやって30mも移動するのだという。彼らは小波のときは飛び出さない。波の来るタイミングを測って、大波が来たときだけ砂の上に転がりでてくる。
潮騒の音を聞いて判断しているらしい。砂を引っ掻くと波の音と勘違いして飛び出してくるという。

 

 
生物ソナー
 

 
 鯨やコウモリが音波探知器を装備していることは常識となっている。コウモリは頭部の容積が小さいので、30〜50KHzと波長の短い超音波を断続的に発射することで位置を測る。超音波は精度も直進性も高く、蚊のような微細なターゲットを捕捉するのには都合がいい。餌になる小さな昆虫は、至近距離からこの超音波を浴びせられると、擬死状態に陥って翅をたたみストンと落ちてしまう。飛行航路を急変化させることで、補食から逃れるための行動らしいが、最近はコウモリに行動を予測されるようになって成功率が下がってきたという。(エサとなる生物がコウモリ対策で死んだふりをするという説と、そうじゃなくコウモリの攻撃で仮死状態に陥るのだとする説がある)

 草原の象は、頭骨の容積が大きいので、超低周波音を使って同種間での情報交換をおこなっている。空気媒体の性質上、密度の高い情報は望めないが、信号の到達距離は数10Kmにもおよぶとのことだ。
 鯨やイルカの音波発信器は潜水艦の探信音波と同じ仕組みである。頭部の器官から低周波音を撃ち放ち、反射してきたエコーを解析して、ターゲットまでの距離と方向、大きさを測る。魚群探知器の役目をはたし、障害物の存在を知り、もちろん自分たちの仲間の位置も確認できる。視覚情報が極端に制限された深海では、便利な道具に違いない。
 それまで湾内で遊んでいたイルカが急にいなくなったという。調べてみたら天敵のシャチが100Kmほどにまで近づいていた。その後の研究で、イルカたちの交信範囲は数百Kmから、数千Kmにおよぶことが分かった。

 

 
擬態するギンポ
   
 擬態にはいくつかの種類があるが、ペッカム型とは攻撃的な擬態のことである。お掃除魚としても、性転換魚としても有名なホンソメワケベラ(本-染め分け-遍羅)は、タカノハダイやクエなどの大型魚についた寄生虫を食べて生活している。このような掃除共生をクリーニング・シンビオンスといい、同じ習性を持つ魚が世界に50種ほどいる。このホンソメワケベラとそっくりに擬態しているのがニセクロスジギンポ(偽-黒筋-銀宝)である。どちらも体長10pほどで、薄青色の体に太い黒筋が走っている。
 ホンソメワケベラは主に温帯域に生息しているのだが、世界中で彼を知らない魚はいない、と言われるほどサカナ界では有名な存在らしい。大型魚が掃除をしてもらいたくてアピールをするのはまだしも、まだ彼を知らないはずの2〜3センチの稚魚でさえもが掃除をねだるという。
 かたやニセクロスジギンポはあまり有名ではない。その見事な擬態ぶりに魚類学者さえもがだまされ続けてきたからである。1971年の「科学朝日」にも、その当時はまだ標準和名がなく、奥野良之助氏がつけた仮称だとされている。漁民や学者が気がつかなかったくらいだから、食味や匂いまで似ているのかもしれない。両者の違いは口の形くらいなので、本家のホンソメワケベラでさえ騙されることがあるという。もちろん偽者の存在に気がつけば猛烈な攻撃を開始する。

 お掃除魚をやっていくには危険がともなう。寄生虫を食べるつもりで大きな魚に近づいて、相手に気がついてもらえず、逆に食べられてしまう事故があるのだ。そのためホンソメワケベラは、自分が掃除屋であることをアピールするためのダンスを覚えた。しかし、ニセの掃除屋はこのダンスまでもそっくりにマネできる。ホンソメワケベラは住む地域によって、多少の体色の違いがあるが、クロスジギンポは本物に合わせて体の模様を調整する能力まで身につけた。
 ニセの掃除魚は強力な歯を持っていて、寄生虫を駆除してもらおうと近づいてくる魚の肉を喰いちぎる。背後からフイ討ちをかけて手痛い被害を与えたあとは、よそを向いてそしらぬ顔で反撃を避けるか、ギンポらしく海底の穴に潜り込んで避難するという。
 親切なお掃除魚と同じ外見をしていながら、本質はテロリストなのである。表向きは優しそうなふりをする。ふところに入ったら攻撃に転じる。それが彼らの生まれつきの習性とはいえ、上辺だけを見て本質を見抜けないと、思わぬ苦労をすることになる。

 


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