易に必要なのは見えない階層とのチャンネルを開く技術です。それには瞬間的に瞑想に
入る技術が欠かせません。あのお釈迦さんでさえ、瞑想で悟りを開いたのです。スーっと息を
吐くだけで瞑想に入れるようになれば易の世界は自由自在になります。

瞬 間 瞑 想 の 技 術


瞑想はできるだけストレスのない安楽な環境に整えるのがコツである。
水垢離や滝行などつらい環境で修行する必要はない。
深く入れた場合には、体が自然に一定のリズムで揺れだすが、これは自分の鼓動によるものだ。本人の生体リズムがあらわれているのだから、無理して動きをとめる必要はない。座禅では微動だにしてはいけないようだが、極端に制御を失うことがないかぎり、むしろ歓迎すべき現象である。
精神集中すれば、少しくらいの騒音は聞こえなくなるが、集中する前の騒音はかなりの障害になる。静かな室内で、エアコンが間接的に効いているくらいが理想である。BGMは使わない。腕時計やネクタイ、アクセサリーなどは外し、ゆったりとした服に着替える。携帯電話の電源は当然、切っておく。

環境が整ったら、胡座を組んで呼吸をととのえる。正座すると脚が痺れるので、座布団でもしいて、負担にならない程度に背筋を伸ばす。頭を体から離すような感じで頸を伸ばすと脳への血流がスムースになる。
食事の直後はあまりよくない。胃が血液を欲しがっている状態では、脳へのエネルギー供給に無理がでる。お茶やコーヒーは頭がすっきりするように思われるが、カフェインには脳への血流を妨げる作用が確認されている。コーヒー2杯で、脳に流れ込む血液の量は15%も低下するのだ。
肉体や雑念に酸素を浪費させてはいけない。無駄な思考や感情は酸素を大量に消費する。
もともと空間を超えた意志の伝達は、人類が言葉を覚える前からの能力なので、大脳皮質に酸素をつかわせないことだ。脳の発生の系統的に一番古く、本能をつかさどる役目の、視床下部に血液が充分いきわたることが重要になる。

宇宙飛行士たちの多くが、神秘的な体験をしたことはよく知られている。月面のどこに目的の石があるかわかったり、訓練のとき以上に意志の疎通がうまくいって、まるでテレパシーで交信しあっているようだったと伝えられている。アポロ計画当時までは、まだロケット内では純酸素が使用されていた。地上の1/4と気圧は低いから、脳血管の収縮で酸素中毒になる危険はきわめて少ない。ゆっくりと何日間も純酸素を呼吸し続ければ、脳は根底からリフレッシュするのだろう。テレパシーのような現象が起こっても不思議ではない。

呼吸は血液中の炭酸ガスが自律的にコントロールしているが、交感神経系、つまり自分の意識でもコントロールできる唯一のものだ。呼吸の安定(調息)は避けて通れない技術である。
目を半眼にして視覚情報を減らし、ゆっくりと深く息を吸い、できるだけゆっくり時間をかけて吐きだす。吐くときに、呼気といっしょに頭のなかが空白になっていく感覚を追及していく。このスーっと抜けていく感じ、落ちていく感じが長く続くように、雑念を排除することだけに集中する。集中というよりも、雑念からの解放である。
呼吸が調うにしたがって、外界から離れた精神世界に入っていける。馴れないうちは雑念が湧いてきて「空」の感覚をつかむのが難しい。このようなときには、頭のなかで数をかぞえると効果があがる。
下から数え上げていくなら10までにして、このサイクルを繰り返しながら精神集中をはかる。いつのまにか10以上まで数えてしまったら、雑念にとらわれている証拠である。呼吸のリズムにあわせて、ゆっくりと10まで数え、うまくいったら繰り返す。数えすぎているのに気がついたら、やりなおしながら段々と深みに潜行していく。
反対に10からカウントダウンしていけば、マイナスになる段階で気がつくという利点がある。0から10にジャンプするときに若干、不自然な感じがあるが、雑念にとらわれっぱなしになる危険はない。10カウント以内に入り込めるならこちらの方がスムースだ。

もし聴診器があれば、また別の方法もある。普及品なら千円以下だから、機会があればどこかで買ってくるといい。ただ種類によってはイアーチップが太めのものがある。抜け落ちにくいようにとの配慮だろうが、耳の穴が痛くなるので、少し注意して選んだほうがいい。用意ができたら、自分の喉の、呼吸音がよく聞こえる位置を探しだす。ノドボトケの左右はよく聞こえるが、心音もまたよく聞こえてしまい、集中の妨げとなることがある。チューブの弾性で、固定には苦労するだろうが、アゴの真下あたりはお薦めの位置だ。
座ったままでも、仰向けに寝てもいい。目をつむり、自分の呼吸音だけに気持ちを向けていく。音が一定の強さのまま、乱れなくスムースになるように呼吸をコントロールする。聴診器を使う方法は精神集中の特効薬である。この方法を発展させて、心音をモニターしながら拍動間隔をコントロールできるようになれば、立派なバイオフィードバックの技術でもある。軽い自律神経失調くらいにだったら治療効果があるだろう。

もちろん、必ずしも聴診器を使う必要はない。なくても調息はできるし、道具に頼らないのが基本である。必要なのは充分な時間と集中力であって、もし半眼で気が散るようなら、眼を閉じてしまってかまわない。途中で眠たくなったら眠ってしまえばいい。リラクゼーションが進みすぎただけだし、もともと瞑想は睡眠と覚醒の中間のフェイズなのだから無理もないことだ。無理から逃げるための無理は無意味に思える。もし眠れるようなら、期せずして不眠対策を手に入れたわけだから、これはこれで成果である。

調息ができたら、目のあたりに気持ちを持っていき、まぶたの力を抜くことに集中する。視線は2メートルくらい先におとすが、決して意識を目に集中してはいけないし、ものを注視してもいけない。ただボーッと目を半分だけ閉じて、遠くを見るように力を抜いていく。瞑想が深くなったら、息を吐くタイミングに合わせて、まぶたをゆっくりと閉じてしまう。

目を閉じた閉鎖系の瞑想は、現実から遠のいて自己の中に閉じこもることで、自我の中に緩やかに沈潜していける。浮き世の制約から解き放たれるのに効果がある。
逆に、目を開けた瞑想は、自由になった自己が再び外界に対して働きかけ、現実との交流の中で自我を自由に導くという積極的な意義がある。


ここではシュルツの自己催眠の方法で集中していく。上
まぶたの力が、眼を開けられないくらいまで抜けきったら、次は下まぶたの力を抜いていく。両まぶたの緊張が完全にとれたら、次に眼球のちからを抜き、そのまま眼底から視床下部のあたりまで緊張を抜いていく。視床下部には血管が集中しているので、脳全体の血液循環がスムースになってストレスが抜けやすくなる。
脳内ではエンケファリン(エン=内部 ケファロ=脳)やダイノルフィン(ダイはダイナマイトやダイナザウルスのダイ=力)など内因性麻薬物質が生産されているが、このなかで視床下部は強力な脳内麻薬エンドルフィン(内部のモルヒネの意味)の生産工場でもある。慣れればわずか数分で、頭の中に「空」が膨張してくるのを感じとれるようになる。
瞑想は慣れである。いったん道ができてしまえば次からはもっと簡単に入れるようになり、わずか一呼吸で瞑想に入ることが可能になる。

 


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